プレスでお世話になってる松井君。
知り合ってから、もう5年も経ちますのできっと寛大な人です。
いつも同じ方向を見ながら進んでいけたらいいなって思います。
色黒い・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

でもあいしてます。
プレスでお世話になってる松井君。
知り合ってから、もう5年も経ちますのできっと寛大な人です。
いつも同じ方向を見ながら進んでいけたらいいなって思います。
色黒い・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

でもあいしてます。

真似したらしい。。。

似ているものに出逢うとびっくりする。

似ているから見たくない事もある。

でも分かるから、やっぱり仲良し。

そして一緒に旅に出よう。
そういえば、
私はある種のビョーキを持っています。
でもそれを強みにして生きてる。
強さはどこで拾えるかって?
自分で自分の中から拾っていくしかないんです、きっと。人が見てなくったってゴミを拾うのと似てる。
だから、私は努力を惜しまずに精一杯生きている人達を応援したいと思っています。
生きていたら、楽しいことばかりじゃなくてたまに放棄したくなる。
けど、愛する気持ちがあるからかろうじて続けていける。
地球上、その命にまさる美しさはない。
「真の発見の旅とは
新しい風景を求めることではなく
新しい目を持つことである」
ブルーストだって。


東京から少し離れて箱根へ。
そんなに離れていないのに自然が一杯。
部屋の窓からも緑が見えるけど、やはり、たまの遠出はいいですね。
「形静山水髪王煙霞
春華織錦対之陶情
秋葉散帷見之忘蹄歸」
その肉体は山水のなかに静寂である。
その精神は煙霞のなかに自足している。
春の華が美しく咲きそろえば、それに向かって気持ちを心地良く開き、秋の紅葉が幕をおろすように散れば、それを見て帰るのも忘れてしまう。
空海の言葉。
景色に自身の姿を投影して、大自然に包まれて喜んでる。
ブログを書きながらパリにいる友達のまさひろ(ブログにて1回登場)と電話中。
彼にもこの言葉を話してみようかな。
たまに夜中に急に寂しくなったりしますね、電話をバリ島やNYにかけたりParisにかけたり。(でちゃったまさひろごめんね)
そう考えると友達ってなかなか増えないものだな。
季節のめぐりをも伝え、美しさを見逃さない。
すばらしい言葉だなぁ。



平日動物園へ。
新作、「ZOO」ですしね。
仕事ではないかも知れないけど、仕事でもあるというか。
造形物なんか作るのに、動きを見たり、匂いもするし。
平日に動物園に行けるなんて、、、、凄い贅沢ですよね。
幼稚園児達と同じ動きでした。
昔、「ジンガロ」も観にいったなぁ。しかも2回も。知ってる方も多いかも知れませんが、馬のサーカス。
初の日本公演、しかもチベットがテーマで、壮大でで原始的だった。
んんーーーー、言葉ではあの感動は書けません。
喜びや悲しみ、怒り、中国とチベットの歴史の中に人間と動物のストーリーが詰まってた。
日々の自分に「あまっちろい考えなんか捨てちまえ!」と喝を入れられた気がします。
だってフランスに8年いてもやっぱり日本人だから。やはりそこは和魂洋才なんだな。
日本は平和です。個人レベルじゃなくて国レベルで。
生きてるという実感が持ちづらいのかな。どうなんですか?
結果を求めてがむしゃらになることよりも、私は結果よりも毎日が1日という人生だって思う。
この間、タクシーの運転手さんに「最近楽しい事ありました?」って聞いたら「仕事と家の往復だからね、つまらないよ。家も別にねー。」
って言ってた。
だから、「幸せはなかなか気がつかないところにあるみたいですよぉー」って言いました。
人の目なんてどーーーだっていいわけです。
自分が自分であれば。
自分で自分を生きればいいんだから。何を慎重になる必要があるの?
自分探しの旅なんて言ってる時点であまっちろいんだ。(心の旅はいいと思う)
旅は余裕がないと出来ないんだ!
でも本当は動物園って違和感があるんです。だってみんな檻に入ってるんだもの。
違和感すらなかったらどうなるんだろう?いいんだろうか?
毎日、矛盾した思考を反復してます。
これでいいのかな、いいんだろうな。でもやっぱり違うかもな、とか。

↑なんかおもしろいー。

↑日光浴ちうみたい。

↑個人的にサイのファン。

↑じつはキリンの角は全部骨です。

↑ペットボトルからお水を飲んでる!!
